基本的には僕らがいいなと思うものをつくりたい

扇子は“持ち運べるアート”

大西京扇堂 大西将太社長

手のひらほどの扇が物語る、季節の移ろい、風景の美しさ……。「昔から扇子というのは、実用性と芸術性を兼ね備えているものといわれています。私の父は、“持ち運べるアート”と言っていましたね」そう話すのは、「大西京扇堂」の大西将太社長。

河原町三条の商店街の一角に佇む「大西京扇堂」は、天保年間より約180年続く扇屋です。「もともとは、寺院に扇を納める扇屋として始まりました。お寺では儀式の際、お坊さんが必ず扇子を持ちます。また、この場所は東海道五十三次の終点、三条大橋のすぐそば。古くから内外の観光客が多かったので、扇の専門店として商いをするようになりました。今ではあらゆる扇を扱い、さまざまな用途や希望にお応えしています」。

寺院扇・・・僧侶が使う御夏(おなつ)扇(左)と、中啓(ちゅうけい)(右)
舞扇・・・日本舞踊で用いられる

扇子に恋心をしたためた時代も

扇子の歴史は、平安時代にまでさかのぼります。「実は、扇子が生まれたのは、仰ぐ用途ではなかったんです。当時は紙が貴重だったので、木片に記録をとっていました。木簡(もっかん)といわれるもので、これを重ねて穴を開け、とじ合わせたものが『桧扇(ひおうぎ)』。扇の原型といわれています。それから『蝙蝠(かわほり)』という紙の扇子が生まれましたが、これも同じく記録用として使われていました。例えば『源氏物語』の恋文。ラブレターである和歌を書くのに使われていたのも扇子だったんですよ」。

その後、日本で生まれた扇子は中国に渡り、再び日本へと逆輸入されます。そうして、それまでは貴族の人しか持つことのできなかった扇子が、庶民の間にも広まっていきました。

檜扇・・・現在は主に観賞用で用いられる

人生の節目を彩る、さまざまな扇子

扇子といえば、一般にイメージするのは実用の扇子、いわゆる夏扇子と呼ばれるもの。そのほかにも、茶道や日本舞踊に用いられる芸事の扇をはじめ、扇子にはさまざまな種類があります。

「もとより京都では、扇子交換という風習があり、結納前に男女の間で扇子交換が行われていました。面白いもので、昔は人の一生の中で、人生の節目ごとに扇子が登場していたんですよ。お宮参りに七五三、結納前、結婚、家を建てるときからお葬式まで。還暦や喜寿のお祝には、箔押しの飾り扇子をあつらえ披露していました」。

ふわりと柔らかな風を生む、京扇子

日本の扇子産業の中心である京都。伝統的工芸品である京扇子は「骨数が多いので、大きく開いて、ふわりとした柔らかな風が全体にくるんですよ」仰ぎながらそう話す大西社長。「例えば、江戸扇子の場合は一人の方がつくることも多いのですが、京扇子は分業制。そのメリットは大量生産ができること。なおかつ各工程で、繊細な作業ができます。手づくりの扇子は、機械のものと比べ、使い心地もすごくいいですよ」。

京扇子の魅力は、その美しさにもあります。大西京扇堂に並ぶのは、昔ながらの絵柄から若い人に似合うものまで、多様なデザインの扇子。美しい色をまとい、たなびく霞を描いた「総シケ霞」は職人による手描き。「これは刷毛で何回も色を塗り重ねていく『シケ引き』という伝統的な技法で描かれています。熟練した技術があってこそ生まれる模様ですよ」。

好きな絵画のように、扇子を持ってほしい

近年はさまざまなアーティストとコラボレーションしたモダンな扇子も登場しています。その一つが、国内外で活躍するアーティスト・silsil(シルシル)さんによる、独特の色彩でペイントされた、華やかで女性らしい雰囲気の扇子です。

「僕らがつくる京扇子と、世の中にあふれる安価な扇子。今後、なにか差別化していかなくてはいけないと考えたとき、アートとしての価値もこれからの使い方の一つになるのではと思いました。絵というと、高くてなかなか買えないもの。それを扇子にすることで、好きな絵を持ち運べるし飾ることもできる。さらに実用としても使える。シルクスクリーンをはじめ、僕らが持つさまざまな印刷技術を使えば、本当に手で描いたような絵をつくりだすことができます。それは、今の僕らの技術を生かした、今後の一つの方向性になるんじゃないかなと」。

チャレンジを続けることで、伝統をつなぐ

扇子業界にも大きな影響を与えたのが新型コロナの流行です。「コロナ禍になり業界全体が暗くなったんです。その中で、いろいろ見直すこともありましたね。そもそも扇子って本当に必要なものなのか……って(笑)。改めて気づいたのは、絵師さんが従来描いてきた絵柄を、僕らはやっぱりすごくいいなと思っているということ。流行を取り入れたものもつくっていますが、それにとらわれ過ぎると伝統的な技術を守れなくなってしまう。基本的には僕らがいいなと思うものをつくりたい。今はもう一度、本当によいものを見極め、時代に合わせたものとオーソドックスなもの、どちらも伸ばしたいと考えています。もっともっとチャレンジしてつくり続けていくことが、職人さんの仕事につながっていくと思っています」。

大西京扇堂

本店住所 〒604-8036 京都市中京区三条通寺町東入ル石橋町 18

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