次の世界が手に入るから、またやりたくなる

祖父から三代続く工房で、蒔絵と向き合う

小さな作業机に向かい、心を研ぎすますようにして、線のように細い筆を動かすのは、下出祐太郎さん。かたわらの道具箱には、何種類もの筆が並びます。下出さんは、筆に漆をつけ、優美な文様を描く、蒔絵師。京都で祖父から三代続く「下出蒔絵司所」を営み、日夜、蒔絵の制作に励みます。
蒔絵とは、漆で描いた文様の上に、金や銀などの金属粉を蒔きつけて描画する技法。1200年という長い歴史を持ち、日本が世界に誇る伝統工芸のひとつでもあります。

天然の材料と道具、手仕事から生まれる美

「天然の材料と道具を用いて、すべて手仕事で仕上げていきます。技法には、いわゆる定型があるのではありません。例えば、金の粉だけでも、形状や粒の粗さが何十種類もあり、それぞれの金粉によって、固め方、研ぎ方、磨き方、扱い方が全部違います。決まった通りにするのではなく、あくまでも自分が選択した技術を図案の中に盛り込んでいく。それにより同じ図柄であっても、幾通りもの表現ができる。京都という土地柄もあって、量産することはなく、あつらえがほとんどです。本当は、量産するほうが儲かるに決まっているのにね(笑)」。

プラチナ蒔絵が物語る、悠久なる時

下出さんが手がけた仕事のひとつに、京都迎賓館の飾り台「悠久のささやき」があります。デザインコンセプトは、いのちを育む「水」。水面のきらめきを表現するために採用したのは、蒔絵の世界ではあまり使われることのなかったプラチナでした。
「金よりも硬く、重く、高価でもあることから、いろいろと試行錯誤しました。こだわりのひとつが、プラチナの扁平な粒。金粉屋さんには、形が均一にならないように、機械を使わず手で一つひとつ裁断してもらったり、ところどころ亀裂が入るように何回もプレスしてもらったりと、苦心を重ね、材料をつくってもらいました。作品は、漆の上にプラチナの粒を並べ、その厚みに合わせ、また漆を塗り重ねています。そして、木炭で研ぎ出すことで、なめらかに仕上げています」。

シンプルなデザインが蒔絵を際立たせる、「壇」

そんな下出さんのプラチナ蒔絵は、仏壇においても一層、神秘的な光を放ちます。深澤直人氏とのコラボレーションにより生まれた「壇」。漆黒の中に映るのは、いのちのきらめき。
「長年仏壇づくりに携わっていますが、深澤さんの至極シンプルなデザインには、非常に斬新なイメージを受けました。従来の塗仏壇では、伝統的な図柄が多く、配置する場所も決まっていますが、『壇』では仏様を安置する須弥壇にのみ蒔絵がほどこされています。
そのほかの部分には一切装飾がない。最小限のデザインの中に、伝統の技が集約され、そのシンプルさは現代の生活にも溶けこむものと思います」。

技を磨くほど、表現は無限に広がっていく

どんな漆を塗り、何の粉を蒔くのか。さらに漆で何回固め、何回研ぐときれいになるのか。蒔絵には、多岐にわたる技術があり、それは一朝一夕には手に入らないものばかりと下出さんは言います。
「一つの図柄であっても、自分の技術が上がるほど、その表現は無限に広がっていく。いわば、蒔絵の技術がつくる勾配をずっと歩いていけることこそ、蒔絵の魅力だと感じています。高みを目指し続けるのは、もちろんとてもしんどいのですが(笑)。がんばっていると、次の世界が手に入る、だからまたやりたくなるんです」。